……強いて言うなら、似ているからかな by海里
著者:高良あくあ


 水曜日。俺と海里は時間より早く、待ち合わせ場所である校門の前で話をしていた。

 ちなみに講演会場までは割と距離があるらしく、移動もバスや電車を乗り継いでいくため時間がかかる。待ち合わせ時間も、当然早くなる。そして、言うまでも無いことだが今日は平日で、当然学校だってある。

 ……結果、生徒達が普通に登校してくるのをただ眺めていると言う状況の出来上がりだった。
 しかも当然、登校してくる生徒達の中にはクラスメイトやら顔見知りも含まれるわけで。

「あれ? 悠真も海里も、何で入らないんだよ」

 そんな声のした方向に視線を向けると、陸斗が訝しげな顔で俺達の方を見ていた。隣には瀬野さんの姿も見える。

 まぁ、俺も海里も制服姿だし、その疑問自体はもっともだ。
 ……ところで、

「確か昨日話したよな、俺。俺と海里は明日休むって」

「そうだったか? ……あー、悪い、全然覚えてねぇ」

 人の話を聞かない辺り、流石バカである。もういっそ感心すら覚える。尊敬する気には全くなれないけどさ。

 海里が瀬野さんに声をかける。

「瀬野さん、だよね? おはよう。朝から陸斗の世話、大変だね」

「おはよ、確か灰谷君だっけ? 別に、あたしが勝手に陸斗の家に押しかけただけだしね。陸斗の親にはかなり驚かれたけど」

 …………本当に、積極的な子である。告白するのをあれほど躊躇っていたのが嘘のようだ。

 陸斗が呻く。

「朝っぱらから親に尋問されるし冷やかされるし、ついてねー……」

「ふぅん? 彼女に迎えに来てもらっておいて、『ついてない』ねぇ……陸斗、ちょっと向こうで話が」

「うわ、待て秋波、嘘、嘘だって!」

「大丈夫、部活で走る分には支障が無い程度にしてあげるから」

「待て、ホント何する気だよ!」

「じゃ、泉君も灰谷君もじゃあね!」

 瀬野さんが笑顔で陸斗を引き摺り、校舎の方へと歩いていく。……うん、完全にあのバカが悪いな。弁護の余地無し。

 ***

「おはようございます、悠真君、灰谷君」

「やっほー、それにしても早いわね貴方達」

 しばらく海里と話をしていると、不意に背後から聞き慣れた声がする。振り返るとそこには、

「ああ、おはようございます部長。紗綾もおはよ」

「時間ちょうどですね、おはようございます」

 予想通りと言うべきか、紗綾と部長の姿があった。挨拶を返し、全員で歩き始める。

「そういえば悠真君、どうして今日は早かったんですか?」

「待て紗綾、それは海里の方は早くてもおかしくないと言っているように思える」

「いえ……実際、灰谷君は何となくそんな感じがしますし。でも、悠真君は意外じゃないですか」

「俺ってそんなに遅刻ばっかりしている印象!?」

 うーん、放課後に教室で某陸上バカの勉強見てやる時間を少し減らすべきかもしれない。

「それで、どうして早かったんですか?」

「ああ、僕が悠真の家に押しかけたからね」

 海里が答える。……ちなみに海里の家だが、俺の家から徒歩十秒圏内にあったりする。

「……自分の名誉のために言っておくけど、俺、それほど遅刻癖は無いからな」

「信用無いわねぇ、自己申告じゃ」

「海里に訊けば分かりますよ。とりあえず、待ち合わせの時間に遅れたことはありません」

「でも部活には遅れてくるのね。……まぁ、私としては罰と称して実験台に出来るから大助かりだけど」

「ある意味予想は出来ていた答えですけどねぇ!」

 そんな会話をしながら学校のすぐ近くのバス停に着くと、ちょうどバスがやってくる。ちなみに、バス停には俺達しかいない。

「よし、ナイスタイミングね。席も空いているみたいだし」

「でも、どうしましょう。誰と誰が座ります?」

 バスに乗り込んだところで、紗綾が呟く。空いているのは二人用の席ばかりだ。

「うーん……悠真と森岡さんが一緒に座って、と言いたいところだけど、僕はちょっと……躑躅森先輩と一緒に座るのは、遠慮させてもらいたいんですよね」

「一分あげるわ」

 刹那、部長が目にも止まらぬ速さでどこからともなく小さな瓶を取り出し、海里に突きつける。瓶は透明で、中に入っている液体は見るからに体に悪そうな、毒々しい色をしている。

 ……それは何ですかとは、敢えて訊かないでおこう。と言うか、訊かない方が身のためだろう。

「で、冗談はともかく、私の隣はそんなに嫌なわけ?」

 薬まで取り出しておいて、何が冗談だか。

 部長の問いに、海里は首を横に振る。……ちなみにこいつは微塵も動揺していなかった。俺ですら、海里が取り乱したところは数えるほどしか見たことが無い。

「いえ、別に嫌なわけじゃありませんよ。でも、その……」

「あ、どうしても悠真の隣が良いとか? そういう趣味?」

「ぶっ」

 特に何か飲み食いしているわけでも無かったはずなのだが、咳き込む海里。部長を見ると、面白そうに笑っている。
 俺は紗綾と顔を見合わせ、嘆息する。

「部長、他の乗客の迷惑になりますよ。もう普通に海里は俺の隣で良いですから」

「悠真もまんざらじゃ無さそうね」

「ああ、もうそれで良いですから――って違いますよ! 海里はともかく、俺にそういう趣味はありません!」

「僕にも無いよ」

「あ、あの、部長さん、とにかく座りましょう」

 紗綾が部長を引っ張り、後ろの方の席へと連れて行く。……ナイス、紗綾。
 海里は嘆息し、近くの席へ座る。俺もその隣へ。

「……大変だね、悠真も」

「もう諦めきっているけどな。それに、よく考えれば、海里ほどじゃないだろうし」

「僕ほどじゃ? …………あー、確かにそうかもしれない。まずいな、周りの人間に対する感覚が狂い掛けている気がする」

「安心しろ、とっくに狂っているだろうから。ところで、さっきの……部長の隣は遠慮したいっていう理由だけどさ」

「ああ、それは……うん、どうしても悠真の隣が良かったからってことにしておいて」

「マジでそういう趣味!?」

「咳き込んだのは、図星だったからってことでどうだろう?」

「どうだろうじゃねぇよ!」

「さっき悠真だって認めていただろ?」

「その直後に訂正したはずだけどなぁ! 大体あれは流れで、思わず……」

「そんなんじゃ陸斗に匹敵するバカだとか言われるよ」

「それは辛い! 精神的に!」

 事実だ。
 ……と言うか、他の乗客にとってはかなり迷惑だな、俺達。

「で、何で部長の隣は嫌だったんだ?」

「嫌だったわけじゃないんだけど……まぁ、色々とね」

 言葉を濁す海里。
 けど、小学校からの付き合いだ。表情で、何となく察することは出来た。……俺にとってはあまり話したくない話題であることも、だから海里が俺に気を遣っているであろうことも。

 ……幸い、そこでバスが駅前に着いたため、電車に乗り換える際のドタバタなどもあって、話は逸れたわけだが。



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